2017年6月13日火曜日

寝ぼけは認知症の始まり?

認知症とは、物忘れがひどくなる「記憶障害」、時刻や自分のいる場所が分からなくなる「見当識障害」、物や言葉などが分からなくなる「失認」、着衣などができなくなる「失行」など、さまざまな認知機能の障害が生じる疾患の総称である。これらの症状は認知症の中核症状と呼ばれている。
 認知症はその原因別に幾つかに分けられる。最も多いのはアルツハイマー型で患者の約半数を占める。次いで多いのがレビー小体型と脳血管性で、この3つで認知症の約8割を占める。つまり、レビー小体型認知症は決して稀な疾患ではないのだが知名度は高いと言えない。
 それには理由があって、レビー小体型は比較的最近発見された認知症だからである。最近と言っても日本人研究者がその存在を最初に提唱してからかれこれ40年にもなる。ところが長らく欧米で認められず、1990年代に入ってようやく国際会議で診断基準が定められたという経緯がある。
 そのレビー小体型認知症では、「レム睡眠行動障害」という特殊な睡眠障害が60%もの患者さんで認められる。一般的には中高年の0.51%でみられる程度なので、レビー小体型認知症では高率に合併することが分かる。
 レム睡眠行動障害とは何かというと、夢体験が夢の中だけに留まらず行動化してしまう睡眠障害である。例えば、誰かと喧嘩したり、何物かに襲われたり、犬に噛みつかれそうになって蹴飛ばしたり、などの夢の内容そのままに、寝言で怒鳴ったり、手足を振り回したりしてしまうのである。
 私たちは夢の大部分をレム睡眠中に見る。レム睡眠は睡眠段階の一つで、寝ついてから約90分~120分おきに現れる。レム睡眠中には大脳の活動は比較的活発で鮮明な夢を見ることが多いのだが、逆に体の筋肉は弛緩して全く動かない。
 ナゼ、レム睡眠行動障害ではレム睡眠中に激しい体の動きが出てしまうのであろうか?
 脳幹部と呼ばれる部位にはレム睡眠中に筋肉の動きをオフにするスイッチがあり、健康な人のレム睡眠中にはその「オフスイッチ」の作用で夢行動はおろか寝返りすらできない。ところが、レム睡眠行動障害ではその「オフスイッチ」にトラブルが生じているらしい。

 また、レム睡眠行動障害のほかにも、レビー小体型認知症では嗅覚異常や、手足の震えや筋肉が硬くなり動きが遅くなるパーキンソン症状がよくみられる。
 しかも、レビー小体型認知症では、記憶障害などの中核症状が出現する何年も前から嗅覚異常やレム睡眠行動障害が出現することが多い。パーキンソン症状も中核症状と相前後して、発症のごく早期から認められる。アルツハイマー型など他の認知症でもパーキンソン症状やレム睡眠行動障害がみられることがあるが、かなり病状が進行してから出現するのが普通だ。レビー小体型認知症でのこのような症状の出現順序は特徴的で診断にも大いに役立つ。
 確かなことはまだ明らかにされていないが、これらの特徴はレビー小体型認知症の発症の仕組みとの関係が強く疑われている。
 レビー小体型認知症では、脳内の神経細胞内にあるα-シヌクレインというタンパク質の固まりが異常に蓄積して神経変性(細胞死)をもたらす。このα-シヌクレインは脳内のさまざまな部位に蓄積するのだが、脳の「下から上に向かって」蓄積することが症状の出現順序に関連しているのではないかという仮説が提唱されている。
 その仮説によれば、まず脳の下部にある嗅球と脳幹部にα-シヌクレインが蓄積して細胞を障害する。嗅球が障害されると嗅覚異常が生じ、「オフスイッチ」がある脳幹部が障害されるとレム睡眠行動障害が出現する。実際、認知症を発症していないレム睡眠行動障害の患者さんの脳を死後に調べると脳幹部にα-シヌクレインが蓄積していることが確認されている。
 次いで、蓄積が脳の真ん中辺りにある中脳に拡がり、体の動きをコントロールする神経伝達物質ドーパミンを産生する部位が障害されるとパーキンソン症状が出現する。最終段階で大脳皮質など脳の「最上部」に幅広く蓄積すると中核症状が明らかになるというわけである。今では、α-シヌクレインの蓄積によって神経が変性死するレビー小体型認知症やパーキンソン病、そのほかいくつかの神経疾患は、共通した病因を持つ疾患としてα-シヌクレイノパチーと総称されている。
 α-シヌクレインが脳の「下から上に向かって」蓄積するという仮説の真偽は検討されている最中だが、臨床特徴ともよく合致するため幅広く受け入れられている。
 この仮説が正しいとすれば、パーキンソン病と同様に、レム睡眠行動障害もまたレビー小体型認知症と親戚のような関係にあるとも言える。ただ、レム睡眠行動障害の患者さん全員がα-シヌクレイノパチーを発症するわけではないので、レム睡眠行動障害にもα-シヌクレインの蓄積が原因のものとそれ以外のものがあるようだ。ただし残念ながら、現在の脳画像や血液検査などの診断技術では両者の区別は難しい。
 そのため、レム睡眠行動障害と診断された患者さんは将来的にα-シヌクレイノパチーを発症するのではないかととても不安になる。実際のところ、レム睡眠行動障害に罹るとその後どのくらいの確率でα-シヌクレイノパチーを発症するのだろうか。また、レム睡眠行動障害が出現してからα-シヌクレイノパチーの発症までにどれくらいの期間がかかるのだろうか。
 いくつかの長期調査が行われているが、非常に厳しい結果が出ている。レム睡眠行動障害を発症してから5年後には患者さんの1530%、10年後には4070%、10年以上では5090%が何らかのα-シヌクレイノパチーを発症すると報告されている。数値に幅があるのは調査によって結果が異なるためである。
 これらの調査は主に欧米の研究施設で行われたもので、重症例が集まったため厳し目の結果が出ている可能性がある。実際、日本国内での診療場面ではもう少し発症頻度が低いようだとの指摘もある。とはいえ、中長期的にα-シヌクレイノパチーが現れてこないか慎重な経過観察が必要であることには違いがない。
 そのためにも、悪夢を見て大声を上げたり手足をばたつかせるなどレム睡眠行動障害を疑わせる症状が何度も出てきたときには専門の医療機関に受診して正しい診断を受けていただきたい。定期的な診察を受けることで早期発見も可能となる。レム睡眠行動障害を目撃した家族は「いい年をして寝ぼけてる」などと笑い飛ばすこともあるが、レビー小体型認知症の危険信号の場合もあるので注意が必要なのである。
 オノ・ヨーコさんがレビー小体型認知症を患っていることは悲しいことだが、有名人が闘病していることをカミングアウトしてくれることで人々の関心が集まり研究分野が活発になることも少なくない。レム睡眠行動障害とα-シヌクレイノパチーの関係についての研究はまだ歴史が浅いため、今後の研究の進展に期待したい。

三島和夫先生(睡眠専門医)より

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