2011年5月17日火曜日

長寿の秘けつ

くよくよ悩まず陽気に過ごし,あまり働きすぎない。これは長寿のための適切なアドバイスのようだが,カリフォルニア大学リバーサイド校(UCR)心理学の研究で,そうではないどころか,その逆であることが分かった。
今回の結果のように,研究者やマスコミが当然と思い込んでいることがしばしば覆されるのには,本当に驚かされる。また,最も意外だったのは,幼児期に見られた性格上の特徴と社交性により,数十年後の死亡リスクを予測できたこと。
今回の研究は,1921年にスタンフォード大学で心理学の教鞭を執った故Louis Terman教授らが,当時10歳前後であった頭脳明晰な小児1,500人以上を追跡した研究が基になっている。対象児は生涯追跡され,家族歴と家族関係,教師と親による性格の評価,趣味,ペットの有無,仕事上の成功,学歴,兵役の経験など膨大な情報が収集された。その後も研究者らが調査・収集してきたデータを検証し,取捨選択・補足して今回の結果に至った。
疾患に罹患しやすい人や回復が遅い人,早世する人がいる一方で,同じ年齢でも元気な人がいるのは明らかで,これまでに,不安,運動不足,神経を使う仕事,向こう見ずな性格,無信仰,交際嫌い,社会集団の崩壊,悲観主義,医療アクセスの悪さ,A型性格の行動パターンなど,あらゆる危険因子が同定されていたが,長期にわたり十分に検討された因子はなかった。つまり,同一人物を生涯にわたり追跡した研究は存在しなかった。
そこで今回の研究では,Terman教授らの研究の参加者を対象に,健康と長寿に関する因子を追跡することを計画した。
その結果,幸福と健康に関する新たな理解が得られた。中でも特に意外であったのは,参加者のうち,小児期に最も陽気で最良のユーモアセンスを持ち合わせていた人が,あまり陽気ではなく,冗談を言う性格でもない人と比べ,平均的に短命であったとする知見である。つまり,用心深く粘り強い人ほど,良好な健康状態を維持し,長生きしていた。
その理由の1つとして例えば,陽気で能天気な小児は,その後の人生において健康を危険にさらすような行動を取りやすい点を指摘している。今回の研究によると,楽天的であることは危機的状況では時に役に立つが,なんでもうまくいくという考え方に偏り過ぎると,日常生活でかえって危険を招く可能性がある。そうした考え方の人は,健康や長寿に重要な事柄に対しても軽視しがちであるという。一方,用心深く粘り強い性格は,長期にわたってプラスに働くとされる。幸福は健康の真の源ではないことが分かった。幸福と健康とは,両立し合うもののようだ。
今回の知見の多くは,世間一般の通念と矛盾するところが多い。例えば,以下のような知見が得られている。
 (1)結婚は男性の健康にとってプラスになるかもしれないが,女性にとってはさほど関係ない。堅実な結婚をした男性,すなわち婚姻生活を長く維持できた男性は,70歳以上まで生きる傾向にあったが,離婚男性で70歳以上まで生きた人は3分の1に満たなかった。さらに,一度も結婚歴のない男性は,再婚した男性よりも長生きし,離婚男性と比べた場合,その傾向は有意であったが,堅実な結婚を維持した男性ほど長生きしなかった
 (2)女性の場合,離婚が健康に及ぼす影響は,男性よりもはるかに小さい。離婚後に再婚しなかった女性と堅実な結婚を維持した女性の寿命は同等であった
 (3)「働きすぎず,ストレスをつくらない」というのは,健康と長寿のためのアドバイスとしてふさわしくない。研究の参加者のうち,最も健康で長生きしたのは,仕事に熱心に打ち込んだ者であった。男女とも,のんびり気楽に過ごした人より生産的な生活を維持した人の方が明らかに長生きしていた
 (4)公教育の開始が早過ぎること,つまり6歳未満で1年生になることは,早世の危険因子である。遊ぶ時間を十分に持ち,級友とかかわり合えることは小児にとって非常に重要である
 (5)ペットと遊ぶことは長寿に関係しない。ペットから安らぎを得ることは時々あるが,友人の代用にはならない
 (6)退役軍人は長生きできない場合が多いが,意外なことに,戦争による心理的ストレス自体が主要な健康リスクであるとは言えない。むしろ問題は,従軍後に不健康な生活習慣に陥ることである。戦争という衝撃的な体験の意味を見いだし,安全な世界を再度実感できた者は,たいてい健康な生活に戻る
 (7)愛されている,気遣ってくれる人がいると実感している者では幸福感を抱きやすいが,そのことは長寿には影響しない。健康的な人になるか,不健康な人になるかは,その人のかかわる集団によって決まることが多い
健康的な生活を始めるのに遅過ぎるということはない。最初の第1歩は,健康的な生活を送るためにしなければならないことのリストを捨て,過剰な心配の連鎖をやめることだ。食事においてω-6脂肪酸とω-3脂肪酸をどのように取るかなど,健康と長寿に役立つとされる細々としたことを考え過ぎると,重要な道筋からかえってそれることになる。自分にとっての健康的な生活パターンを長期的視点から思い描くことができれば,今からそのパターンに近づけることができるようだ。
変化は少しずつ積み重ねていくものととらえるべきである。一夜にして自分自身を大きく変えることはできないが,小さな行動の変化を段階的に積み重ねていくことで,やがては長寿への道を開くことができるのかもしれない。

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